PRODUCTION NOTES

『百円の恋』スタッフが挑む新しいボクシング映画

 「あれを超える熱い映画を作りたい」。数々の映画賞を総なめにした『百円の恋』(2014)を手掛けた佐藤現プロデューサーは、再び胸の奥底からマグマがたぎるようなボクシング映画を作りたいと熱望していた。共同製作を名乗り出てくれたのは、格闘技系番組なども多数製作するネット配信大手のABEMA。しかも藤田晋社長は『百円の恋』の大ファンだった。話はすぐにまとまった。2018年の夏には、『百円の恋』チームを再集結させて、「今度は男性が主人公のボクシング映画を作る」という方向性も定まり、前・後編の劇場版と配信ドラマ版を同時に製作するというプロジェクトが始動した。

 脚本家の足立紳を交えてのブレインストーミングが行われ、佐藤から出た“アンダードッグ”というキーワードを柱にストーリーが練られていった。もちろん監督は武正晴しかいない。しかし今や売れっ子監督ゆえに打ち合わせの時間がなかなか取れない。WOWOW「連続ドラマW 盗まれた顔~ミアタリ捜査班~」撮影中の武監督のもとを佐藤が企画説明のために訪れ、武監督も承諾。プロデューサーの平体雄二、音楽の海田庄吾、撮影の西村博光、照明の常谷良男、美術の将多、編集の洲﨑千恵子、ボクシング指導の松浦慎一郎らメインスタッフの続投も確定した。“原点”ともいえるボクシングを題材に、再び『百円の恋』体制が完璧に整った。  脚本家の足立紳を交えてのブレインストーミングが行われ、佐藤から出た“アンダードッグ”というキーワードを柱にストーリーが練られていった。もちろん監督は武正晴しかいない。しかし今や売れっ子監督ゆえに打ち合わせの時間がなかなか取れない。WOWOW「連続ドラマW 盗まれた顔~ミアタリ捜査班~」撮影中の武監督のもとを佐藤が企画説明のために訪れ、武監督も承諾。プロデューサーの平体雄二、音楽の海田庄吾、撮影の西村博光、照明の常谷良男、美術の将多、編集の洲﨑千恵子、ボクシング指導の松浦慎一郎らメインスタッフの続投も確定した。“原点”ともいえるボクシングを題材に、再び『百円の恋』体制が完璧に整った。

異例のスピード感で求心力のある物語が誕生

 “アンダードッグ”とは、将来有望な若手ボクサーの踏み台となるような“かませ犬”的ボクサーのこと。自身もジムに練習生として通うほどボクシングに造詣の深い佐藤は「スター街道を走る選手の影には、負け戦に身を費やす“かませ犬”のような立ち位置の選手がいる。そんな悲哀を帯びた男が這い上がる姿はドラマになるはず。“アンダードッグ”という言葉の響きもいい」と確信に似た閃きがあった。 夢にしがみつき、夢に振り回される男の哀しみ。そんなテーマこそ、脚本家・足立紳の真骨頂。足立自身「ボクシングは好きですが、業界についてそこまで詳しくはない。でも夢を諦めることができず、なのに頑張ることもできず中途半端な生き方をしているキャラクターであれば、書けると思った」と筆は踊った。

 足立の映画監督作『喜劇 愛妻物語』の撮影スケジュールの都合から執筆中断の時期もあったが、多忙を縫って書き上げた脚本は佐藤曰く「ボクサーの物語に止まらず、日のあたらない立場を生きるあらゆる男女の群像劇へと昇華されていた」と非の打ちどころのないものに。武監督と多くの作品を共にしている足立は「武さんとは毎回のように喧々諤々の意見を交わし、撮影ギリギリまでシナリオを粘ることがほとんどなのに、今回は異例ともいえるスピード感で進んだ。オリジナルストーリーで第一稿が完成稿のような形になるのは珍しい」と驚きを隠せない。  足立の映画監督作『喜劇 愛妻物語』の撮影スケジュールの都合から執筆中断の時期もあったが、多忙を縫って書き上げた脚本は佐藤曰く「ボクサーの物語に止まらず、日のあたらない立場を生きるあらゆる男女の群像劇へと昇華されていた」と非の打ちどころのないものに。武監督と多くの作品を共にしている足立は「武さんとは毎回のように喧々諤々の意見を交わし、撮影ギリギリまでシナリオを粘ることがほとんどなのに、今回は異例ともいえるスピード感で進んだ。オリジナルストーリーで第一稿が完成稿のような形になるのは珍しい」と驚きを隠せない。

すべてが第一候補の理想的豪華キャスト

 異例ともいえるスピード感はキャスティングにも当てはまる。タイトルロールを体現する底辺ボクサー・末永晃役の森山未來は、脚本完成前のプロットの段階でオファーを快諾。「圧倒的な存在感と台詞に頼らない表現力、身体能力の高さがある」(佐藤)、「いい意味で普通の佇まいと普通の存在感を醸し出せる稀有な役者」(足立)と晃役に第一候補としてイメージしていた森山の二つ返事は、幸先良すぎる最強のアッパーカットになった。 座長・森山未來。そして過去に秘密を抱える若き天才ボクサー・大村龍太に北村匠海、崖っぷち芸人ボクサー・宮木瞬に勝地涼という人気実力を兼ね備える逸材が、まさにトントン拍子で決まっていった。北村の起用に佐藤は「華もあってカッコいいのに、どこか影がある。それが過去に秘密を抱える龍太にピッタリ」とギャップに惹かれたという。 勝地についても「プロとして道化役も演じることもあるが、クールな一面を持ち合わせた方に思えた。明るさと暗さのスイッチを持っていて、その落差が宮木に上手くハマる」と理想通りの配役になった。足立も「北村さんに漂う正体不明の雰囲気は役に反映されている。勝地さんのお笑い芸人としての馴染みぶりも流石」と舌を巻く。

 彩を失った晃の日常に変化をもたらす重要なキャラクターであるデリヘル嬢・明美には、瀧内公美が配された。映画『火口のふたり』での体当たりの熱演に惚れ込んだ足立は「何を考えているのかわからない怖さと危うさを表現してくれて、そのギリギリ感が明美を立体的にしてくれた」と満足している。

プロ並みのトレーニングでリアリティを追求

 佐藤は武監督を「リング上でのアクションを撮らせたらNo.1」と評するが、リング上での武監督のビジョンを抜かりなく具現化したのは、俳優でありボクシング指導者として『百円の恋』『あゝ荒野』などに参加した松浦慎一郎だ。佐藤が「この作品で真っ先にスケジュール確認したのが実は松浦さん」と言うほど、ボクシング指導者としての松浦の技術力と実績は業界内で非常に高く評価されている。

 森山、北村、勝地ら俳優陣がトレーニングを開始したのは、撮影半年前の2019年初夏頃。中でも自主的にトレーニングを開始していた森山について松浦は「本人の希望で、実戦を中心に本気モードのスパーリングや本物のボクサーがやるような筋持久力の付くトレーニングを積み重ねた。役者さんでそこまでやる人はほとんどいない」とストイックな姿勢を明かす。カーボ・ローディングというプロが実践する食事療法も取り入れたそうで「未來君は僕が要求する以上の結果を出してくるので、逆に心配になった(笑)」と“役者魂”という言葉では片づけることのできない熱の入れようだった。線の細いイメージのある北村と勝地は、ベンチプレスなどの器具を使用して外見を筋肉質に見せる体作りを敢行。その結果、無駄をそぎ落としたシャープな肉体美に。また北村には、足を使い、パンチのスピードやコンビネーションテクニックを際立たせるような練習を重点的に行ったという。松浦は「忙しいスケジュールの合間を縫ってのトレーニングだったが、ボクシングを凄く楽しんでくれた。撮影終了時に匠海君から『あの時間が好きでした』と言われたときは嬉しかった」と振り返る。

 スケジュールの都合で3人合同でのトレーニングは叶わなかったが「勝地さんには意図的に未來君のトレーニング姿を見せて刺激を与えた。その効果は抜群で、勝地さんの追い上げも凄かった。“もっとやりたい”とより積極的になってくれた」と俳優としての心理を利用してモチベーションを高めたという。

ボクシングの聖地で最終決戦!後楽園ホールの死闘

 本作の最大のクライマックスともいえる晃(森山)VS龍太(北村)の一戦が行われたのは、2020年2月17日と18日の丸2日間。日本がコロナ禍に突入する直前の、奇跡的なタイミングだった。ボクシングの聖地・後楽園ホールを貸し切り、観客エキストラ1,000人以上を投入しての早朝からの大掛かりな撮影となった。クランクインの1月初旬から連日早朝スタートの撮影の日々で、疲労も蓄積しているはず。しかし森山と北村はそんな疲れを弾き飛ばすかのように、本番前にリング上で激しいミット打ちを繰り出してウォーミングアップ。龍太のセコンド役で出演しているボクシング指導の松浦と動きの確認をしつつ、武監督の威勢のいい「よーい、アクション!」の号令を待ちわびていた。

 武監督はとにかく早撮りだ。基本的に1回のテストを終えてすぐに本番撮影に入る。そのスピード感が長丁場の撮影になっても途切れない緊張感を生んでいる。試合シーンは臨場感を意識して最大3台のカメラポジションを細かく変えながら、短いカットを撮り重ねていった。顔へのパンチは当てたふりだが、ボディへのパンチは皮膚や肉の揺れでバレるために実際にパンチを当てている。力を抑えているとはいえ、約半年に渡って鍛え上げられた肉体から繰り出されるパンチのスピードと迫力は凄まじい。会場は自然と熱を帯びていき、武監督の声が声援にかき消されてしまい、助監督が森山と北村の間に割って入って試合を止めるという状況も珍しくなかった。真に迫る激闘ぶりに、1カット撮り終えるたびに観客席からは拍手が沸き起こるほどだった。 試合開始当初は、台本を落したことに気づかない助監督のお尻を叩くなど、場の雰囲気を柔らかくしていた森山だったが、ラウンドを重ねるにつれて表情も厳しさを増していく。その姿は本物のボクサーのようであり、晃と龍太がそこに実在しているかのような錯覚を与える。顔を腫らした晃が絞り出すようにドクターに言う。「やらせてくれよ」。モニターで映像を確認する佐藤の目には涙が溢れていた…。 男泣きの佐藤は「モニターを見ながら感涙するなんて滅多にないこと。ストーリーを知らないはずのエキストラの皆さんが自然に白熱して涙を見せたりして、心の底から応援している雰囲気もあった」と述懐。足立も「後楽園ホールでお二人のボクサーとしての佇まいを見たときは鳥肌が立った。あまりにもカッコよくて感動的だった」と惚れ惚れしている。『百円の恋』から6年。チームの感性は鈍るどころか、より研ぎ澄まされている。2020年代発のボクシング映画『アンダードッグ』が、ついに檻から放たれる。